Research
面白くて重要な研究がしたいです。 研究とは「研究を取り巻く人間関係」と言われるように、何が面白くて何が重要かに絶対的な指標は存在しないでしょうが、 私の中では「面白さ」とは「予想外な非自明さ」で、「重要」とは「学問への貢献」だと勝手に思っています。 理想的には、誰から見ても面白く重要だと言える研究を実現できるよう、今後も様々な研究者の方々と議論を重ね、思考を深めていきたいと考えています。
知りたいことの中で最も広い関心は「"知ること"とは何か」です。 そこで、物理学においては「観測を通じて自然の情報をどのように抜き出すか」という点に強い興味があります。 そのため、現在は理論的研究を中心に行っていますが、過去には重力波検出器のような量子測定実験や重力波のデータ解析にも取り組んできた研究背景があります。
特に「量子測定による重力理論の検証」を専門としています。 量子測定による精密測定を重力波などの重力現象の観測に応用することで、重力の性質や宇宙の進化の理解を目指しています。 一方で、自分にとって面白く、学問にとって重要だと判断すれば何でもするので、これまで重力波物理学・天文学を中心に、実験・解析・理論を問わず様々な研究に携わってきました。
以下では、私の研究領域と研究成果についての解説を記します。
重力理論と量子論
現代物理学は一般相対性理論と量子論という二つの理論を基礎としています。 「一般相対性理論」は、重力の基礎理論であり、マクロなスケールでの自然現象を記述します。 一般相対性理論では、重力は時空の動的な歪みであり、時空と物体が相互に影響を及ぼし合いながら発展します。 一方で「量子論」は、量子の基礎理論であり、ミクロなスケールでの自然現象を記述します。 「量子」とは重ね合わせやエンタングルメントといった量子的振る舞いを示す系を指します。 四つの基本相互作用のうち、重力以外の電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用は素粒子の標準模型と呼ばれる量子論の枠組みで定式化されています。 そして、一般相対性理論と素粒子の標準模型という「宇宙の標準モデル」は、インフレーションから現在に至るまでの宇宙の歴史を説明する上で重要な役割を果たしてきました。
しかし、高エネルギー領域においては、一般相対性理論は繰り込み不可能であり、重力と量子論の統一は未完成のままです。 特に、宇宙初期のようなプランクスケールに近い環境では、重力と量子論の統一的理解が不可欠であると考えられています。 また、観測からは暗黒物質や暗黒エネルギーといった標準モデルでは説明できない成分の存在も示唆されており、 重力場の未探査領域で標準モデルを検証していくことが必要とされています。
量子測定と重力波望遠鏡
測定とは、物理系に対して観測を行い、その結果が得られる確率を与える操作を指します。 数学的には、状態を確率に写す線形写像である「効果」によって定式化されます。 量子測定は、量子系に対して行われる測定であり、状態は密度行列、効果は正値作用素(POVM)として表されます。 測定結果に応じて量子状態が変化するという特徴があり、この全過程は「量子インストルメント」と呼ばれる操作として記述されます。
量子測定の理論は、重力の観測的研究においても重要な役割を果たします。 重力は非常に弱い相互作用であるため、関連する情報を引き出すには極めて高精度な測定技術が必要とされます。 量子測定理論が重力実験に応用される代表的な例の一つが、機械光学系です。 これは、光と機械的な振動体(たとえば鏡)との相互作用を利用した測定系です。 レーザー光による照射が振動体に放射圧を加えることで、その位置や運動量などの物理量を読み出す仕組みになっています。 このような系では、測定に伴うバックアクションや量子雑音の取り扱いが不可欠であり、量子測定理論と密接な関係を持ちます。
重力物理学において、機械光学系による量子測定技術の最も成功した応用例の一つが、重力波望遠鏡です。 重力波とは、時空の歪みが波として伝播する現象であり、1916年にアインシュタインによってその存在が予言されました。 レーザー干渉計型の重力波望遠鏡では、光の干渉を用いて位相差を測定することで、重力波によって引き起こされるアーム長の微小な変化を検出します。 この測定は量子雑音(散射雑音や放射圧雑音)によって感度が制限されるため、スクイージング光の利用や量子非破壊測定といった量子光学技術が導入されています。 量子測定理論は、こうした測定装置の性能限界を理解し、感度をさらに高める上で重要な理論的基盤を提供しています。
Selected papers
- KAGRA Collaboration (including Hiroki Takeda),
Overview of KAGRA: Detector design and construction history,
Progress of Theoretical and Experimental Physics, 2021, 05A101 (2021).
[arXiv:2005.05574] [10.1093/ptep/ptaa125] - Koji Nagano, Hiroki Takeda, Yuta Michimura, Takashi Uchiyama, Masaki Ando,
Demonstration of a dual-pass differential Fabry-Perot interferometer for future interferometric space gravitational wave antennas,
Classical and Quantum Gravity, 38, 085018 (2021).
[arXiv:2008.12462] [10.1088/1361-6382/abed60] - Yuta Michimura, Kentaro Komori, Atsushi Nishizawa, Hiroki Takeda, Koji Nagano, Yutaro Enomoto, Kazuhiro Hayama, Kentaro Somiya, Masaki Ando,
Particle swarm optimization of the sensitivity of a cryogenic gravitational wave detector,
Physical Review D, 97, 122003 (2018).
[arXiv:1804.09894] [10.1103/PhysRevD.97.122003]
重力波天文学・宇宙論
重力波天文学・宇宙論は、重力波を観測対象とする天文学・宇宙論の一分野です。 観測された重力波の振幅や位相には、波源の天体物理学的な情報や宇宙論的な情報が含まれています。 例えば、ブラックホールや中性子星などのコンパクトな天体同士の合体であるコンパクト連星合体からの重力波には、距離、方向、質量、スピン、軌道、変形などの情報が含まれています。 したがって、重力波の観測によって得られた情報を用いることで天体や宇宙の構造・進化を探ることができるのです。
2015年にアメリカの重力波望遠鏡LIGOによって史上初めて重力波が直接観測されました。 観測された重力波のデータ解析の結果、太陽の30倍ほどの質量を持つブラックホール同士の合体によって生成された重力波であることが分かっています。 その後も、LIGOや欧州のVirgo、日本のKAGRAといった国際重力波望遠鏡ネットワークによって、数百のコンパクト連星合体イベントが検出されています。
現在は、より高感度な次世代地上検出器(Einstein TelescopeやCosmic Explorer)や、 低周波数帯で観測可能な宇宙望遠鏡(LISAやDECIGO、TianqinやTaiji)の計画が進行中です。 これらの望遠鏡では、より微弱な信号や異なる周波数帯域に対応する重力波を捉えることができ、 極端な質量比を持つコンパクト連星合体、中間質量ブラックホール同士の合体、さらには原始宇宙に由来する背景重力波など、多様な天体・宇宙現象の探索が期待されています。 また、電磁波や重力波などの観測を組み合わせることで、単独では捉えきれない天体や宇宙の構造を明らかにするマルチメッセンジャー天文学を展開できます。
Selected papers
- LIGO Scientific, Virgo, KAGRA Collaboration (including Hiroki Takeda),
GWTC-3: Compact Binary Coalescences Observed by LIGO and Virgo during the Second Part of the Third Observing Run,
Physical Review X, 13, 041039 (2023).
[arXiv:2111.03606] [10.1103/PhysRevX.13.041039] - Tomoya Kinugawa, Hiroki Takeda, Ataru Tanikawa, Hiroya Yamaguchi,
Probe for Type Ia Supernova Progenitor in Decihertz Gravitational Wave Astronomy,
The Astrophysical Journal, 938, 52 (2022).
[arXiv:1910.01063] [10.3847/1538-4357/ac9135] - Yusuke Manita, Hiroki Takeda, Katsuki Aoki, Tomohiro Fujita, Shinji Mukohyama,
Exploring the spin of ultralight dark matter with gravitational wave detectors,
Physical Review D, 109, 095012 (2024).
[arXiv:2310.10646] [10.1103/PhysRevD.109.095012]
重力理論の検証
従来、一般相対性理論は太陽系実験や連星パルサー観測などによって、準定常的・弱重力場で検証されてきました。 しかし、近年は重力波観測を含む量子測定技術の進展により、より極限的な環境下での重力理論の検証が可能になってきています。 そこで私は、以下の二つの観点から重力理論の検証に取り組んでいます。重力波による動的・強重力場での検証
重力波の性質は、重力波源の情報だけでなく重力理論そのものにも依存します。 コンパクトな天体が合体すると、強重力場で重力波が生成され、宇宙空間を長距離伝播して重力波望遠鏡で観測されます。 したがって、観測された重力波の性質を理論的予言と比較することで、強重力場および宇宙論的な長距離スケールの二つの極限で重力理論を検証できます。 このような検証は、一般相対性理論の検証と、それを拡張した理論の検証の二つに大別されます。 これらの手法により、超弦理論などの量子重力理論の候補から導かれる一般相対性理論の低エネルギー有効理論としての側面が明らかになると期待されます。Selected papers
- Hiroki Takeda, Takahiro Tanaka,
Strong lensing of gravitational waves with modified propagation,
Physical Review D, 110, 104050 (2024).
[arXiv:2404.10809] [10.1103/PhysRevD.110.104050] - Hiroki Takeda, Shinji Tsujikawa, Atsushi Nishizawa,
Gravitational-wave constraints on scalar-tensor gravity from a neutron star and black-hole binary GW200115,
Physical Review D, 109, 104072 (2024).
[arXiv:2311.09281] [10.1103/PhysRevD.109.104072] - Hiroki Takeda, Atsushi Nishizawa, Yuta Michimura, Koji Nagano, Kentaro Komori, Masaki Ando, Kazuhiro Hayama,
Polarization test of gravitational waves from compact binary coalescences,
Physical Review D, 98, 022008 (2018).
[arXiv:1806.02182] [10.1103/PhysRevD.98.022008]
重力の量子性検証
実験室レベルの低エネルギースケールでは、摂動的に量子化された一般相対性理論が低エネルギー有効場の量子論として整合的であることが理論的に知られています。 しかし、そのようなスケールにおいてさえ、重力が実際に量子的に振る舞うことを示す実験的証拠は、これまで得られていません。 近年では、量子測定技術の進展により、重力相互作用が関与する巨視的量子系を利用して、重力の量子性を確認しようとする実験が現実味を帯びてきました。 例えば、重力の仮説的な量子キャリアである「重力子」の検出や、重力によって誘起されるエンタングルメント生成の観測など、様々な実験手法が提案されています。 これらの手法により、一般相対性理論の低エネルギー摂動的量子場の有効理論としての側面が明らかになると期待されます。Selected papers
- Hiroki Takeda, Takahiro Tanaka,
Quantum decoherence of gravitational waves,
arXiv:2502.18560.
[arXiv:2502.18560]